《あ》き倦《あ》きしていることが、いっぺんに吹き飛んでしまって、東京へ帰る時などは、田舎女《いなかおんな》が初めて上京して来るようなそんな気持ちになり済ましているのだ。
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一時が打った
誰もよく眠ったのだろう
五万里も先きにある雪崩《なだれ》のような寝息がきこえる
二時になっても三時になっても
私の机の上は真白いままだ
四時が打つと
炭籠《すみかご》に炭がなくなる
私は雨戸をあけて納屋《なや》へ炭を取りに行く
寒くて凍りそうだけれども
字を書いている仕事よりも
炭をつまんでいる方がはるかに愉しい
飼われた鶯《うぐいす》が、どこかで啼《な》きはじめる
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これは、私の散文だけれども、夜明けに、こんな気持ちを味わうのはたびたびのことだ。炭籠をさげて裏へ出て行くと、寒くて震えあがってしまう。だけど軍手をはめて、がらがらと炭俵《すみだわら》をゆすぶって、炭を一つ一つとつまんでいる時は、私が女のせいか、やっぱり愉しい本業へかえったようで、楽々とした気持ちなのだ。
夜明けになると、どんなに寒くても鶯が一番早く啼いてくれる。どの家で飼っているのか
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