、考えて見れば田舎《いなか》の女学生みたいな生活だけれども、こうして、私の生活を何か書けと云われると、私は、ぱっとした暮らしでもない自分のこの頃に、何とない、おかしなものを感じ始めているのだ。
 雨。
 今日もまた雨なり。膝小僧を出して『彼女の控帳』をとうとう書きあげる。二十七枚『新潮』へ送る。駄菓子を拾銭買って来て一人でたべた。小かぶと瓢箪瓜《ひょうたんうり》を漬けてみる。二、三日したらうまいだろう。母より手紙、頭が痛い。――十二日
 雨。
 へとへとだ。くだらなく徹夜して読書。――財産三拾七銭はかなや。夜、紫なる寅《とら》の尾《お》の花拾銭、シオン五銭買って来る。雨に濡《ぬ》れて犬と歩む。よき散歩なり。フミキリの雨、夜の雨、青く光って濡れて走る郊外電車、きわめてこころよし。――十三日
 これは三年前の秋の日記だけれども、何かが恋をでもしているような子供っぽい日記だ。いまは、何も彼《か》も愕《おどろ》きのない生活で、とても、此様な日記はかけない。――昔は、肉親たちがちりぢりに遠く散っていて孤独であったせいか、燃えあがるような気持ちだったけれども、いまは私の家にみんな集って来ているので、時々辛いなと思う時がある。――昼間は客が多いので、仕事はたいてい夜中だけれど、夜中の仕事は私には少々辛くなって来た。翌《あく》る日はおばけのような顔で、ふためとは見られない。寝床へ這入るのが四時頃、七時には眼が覚めてしまう。家の近くに辻山病院と云うのがある。古くからの知りあいで、私はここでこの頃|睡《ねむ》り薬をつくって貰っている。疲れると、その睡り薬をのんで、昼間でもベッドに横になる。ベッドと云っても、寄宿舎にあるような小さいベッドなので、寝心地が何となく悪く、すぐ眼が覚めるのもベッドのせいかも知れないと思っている。朝、六時か七時には、どんなに寒くても起きあがり、ひととおり新聞を読むのが愉しみ。文芸欄を読み、家庭欄を読み、それから政治面の写真だけを見る。それでおしまい、三面記事を朝読むのは怖いから読まない。一日厭な思いをするから、たいてい、昼すぎにちょいちょいのぞくことにしている。
 徹夜の仕事はろく[#「ろく」に傍点]なものは書けないのだけれども、どうしても夜になって、「ああ」とくたびれてしまうのだ。私だけの客でなく、家のひとたちの客も見える。おかず[#「おかず」に傍点]ごしらえ、下着の洗濯、これでなかなか楽な生きかたではない。年齢《とし》をとった女中をおくことも時に考えるけれども、いまの女中は十三の時に来て三年いる。私の邪魔にならないので、何が不自由でも、それが一番幸せだと思っている。第一、女中がいてくれるなんて、マノン・レスコオの中の何かの一節にあったけれども、なりあがり者の私としては、はずかしい位なのだ。しかも三年もいてくれている。
 私は、ひとにはなかなか腹をたてないけれども、家ではよく腹をたてて自分で泣きたくなる。その気持ちはどこへも持ってゆきようがないので、机の前に坐り、呆《ぼ》んやりしている。煙草《たばこ》はバットを四、五本吸う。昔、好きなひとがあった頃は、そのひとが煙草がきらいで吸わなかったけれども、いまはそのひとと何でもなくなったので、平気で煙草を吸うようになってしまった。やけ[#「やけ」に傍点]になる気持ちは大変きもちがいい。私は何度もやけ[#「やけ」に傍点]になって、随分むしゃくしゃした昔だったけれども、この頃は日向《ひなた》ぼっこみたいだ。――小説の話は大きらい、説明や批評が少しも出来ないからだろう。ほら、お日様みたいな小説よ位の説明ならば指で丸をつくって、「ほら、こんなに円満なのさア」で、「ああそうか」と受取って貰うより仕方がないのだ。時々|埃《ほこり》を叩くような批評を貰う時がある。辛いなと思うけれども、それで、シゲキを受けることもひといちばいのせいか、すっかり呆んやりしてしまって、腐った、魚みたいに、二、三日|蒲団《ふとん》をかぶって寝てしまう。自分の作品がよくないからだ。一番、自分が知っているから一時はゆきば[#「ゆきば」に傍点]がなくなるけれども、机の前に坐り、また、こつこつ何か書き始める。私はこれが宗教だと云うようなものがあるとすれば、ただ、こつこつ書いている。その三昧境《さんまいきょう》にあるような気がする。厭な言葉だけれども、私は万年文学少女なのでもあろう。

 つい四、五日前、税務所のお役人が来た。お役人と云うと、胸がどきどきして、ちょうど昼食|時《どき》だったけれども、御飯が咽喉《のど》へ通らなかった。私は税金を払い始めてちょうど四年になるけれども、蔭では実際辛いなと思ったことがたびたびだった。収入が拾円の時が三、四度あったり、ちょっと旅をすると、その収入が止ったりするのに、税金は私にとって案外立
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