生活
林芙美子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)室生《むろう》さんの

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)夜|更《ふ》けて

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
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なににこがれて書くうたぞ
一時にひらくうめすもも
すももの蒼さ身にあびて
田舎暮らしのやすらかさ
[#ここで字下げ終わり]

 私はこのうたが好きで、毎日この室生《むろう》さんのうたを唱歌のようにうたう。「なににこがれて書くうたぞ」全く、このうたの通り、私はなににこがれているともなく、夜|更《ふ》けて、ほとんど毎日机に向っている。そうして、やくざなその日暮らしの小説を書いている。夕御飯が済んで、小さい女中と二人で、油ものは油もの、茶飲み茶碗は茶飲み茶碗と、あれこれと近所の活動写真の話などをしながらかたづけものをして、剪花《きりばな》に水を替えてやっていると、もうその頃はたいてい八時が過ぎている。三ツの夕刊を手にして、二階の書斎へあがって行くと、火鉢の火がおとろえている。炭をつぎ、鉄瓶《てつびん》をかけて、湯のわくあいだ、私は三ツの夕刊に眼をとおすのだ。うちでとっているのは、朝日新聞、日日新聞、読売新聞の三ツで、まず眼をとおすのは、芝居や活動の広告のようなものだ。女の心[#「女の心」に傍点]がある、行ってみたいなと思う。永遠の誓い[#「永遠の誓い」に傍点]と云うのがある、みんな観に行きたいと思いながら、その広告が場末《ばすえ》の小舎《こや》にかかるまで行けないでしまうことがたびたびなのだ。
 広告を読み終ると三面記事を読む。その三面記事も一番下の小さい欄から読んでゆく。三ツの新聞に、同じような事が書いてあっても、どれも違う記事のように読めて面白くて仕方がない。政治欄はめったに読まない。だから私は、小学生よりも政治の事を知らない。――いつだったかも、日日新聞から、議会と云うものを観《み》せて貰った。入口では人の懐《ふところ》へまで手を入れて調べる人がいたり、場内へ這入《はい》ると、四囲《あたり》の空気が臭くて、じっとしていられなかった。真下に視下《みおろ》す議場では、居睡《いねむ》りをしている人や、肩を怖《い》からせてつかみあっている人たちがいた。それが議員と云う人たちなそうで、もう吃
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