紙は読んだ。一字も抜かさないように読んだ。君のように怱々《そうそう》と読むンではない。君の姿を空想して読むのだ。僕の送った弐拾円ばかりの金が、よっぽど応《こた》えたらしいが、何かあるのだろうとは思っていた。――お母《かあ》さんへ拾五円送ったって、そんな事を僕が怒《おこ》ると思ったら、君は僕の事について認識不足だよ。僕からも、佐世保へ手紙を出しておこう。君は働きたいとあるが、それもいいだろう。
 弐円ぐらいでは十日も保つまいし、ただ女給と云う商売は絶対に反対だ。威張る商売ではない。僕は色々の事を兵営で考えさせられた。――ところで、こんな甘いことも時に考える。二人で佐世保へ新婚旅行ぐらいしてみたいとね。兵営の中は殺風景で、寝ても起きても女の話だ。僕もそろそろ君への旅愁がとっつき始めた。十日すれば会える。女給以外の仕事であったら、元気に働いて生きていてくれ。小里氏が気が狂《くる》ったそうだが、気の毒な隣人《りんじん》は大いに慰さめてあげる事だ」

 トマトの花が落ちて、青い実を三ツ結んだ。かつてなかった楽しさが、非常に私を朗らかにした。私は与一の手紙が来てから、朴の紹介《しょうかい》で、気合
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