二中隊召集兵、小松与一|宛《あて》と住所が通知してあった。
 三番目の絵葉書は、高原の白樺《しらかば》が白く光って、大きい綿雲の浮《う》いた美しい写真であった。文面には、「今日は行軍で四里ばかり歩いた。田舎屋で葡萄《ぶどう》を食べて甘美《うま》かった。皆百姓は忙がしそうだ。歩いていると、呑気《のんき》なのは俺達ばかりのような気がして、何のために歩いているのか判らなくなって来る。こうしていても、気が気でないと云う男もいた。留守はうま[#「うま」に傍点]くやって行けそうか。知らせるがいい」こんな事が書いてあった。
 私は徒爾《いたずら》な時間をつぶすために、与一の絵葉書や手紙を、何度となく読んでまぎらした。あの下駄はどう処分したであろうか、逞しい軍人靴をはいて、かえって、子供のように楽しんでいるかも知れない。出発の日の与一の侘《わび》しい姿を思うと、胸の中が焼けるように痛かった。
 第四番目の手紙は、どうも俺は、始終お前に手紙を書いているようだ。お前は甘い奴と思うかも知れない。――遠く離《はな》れて食べる事に困らないと、君がどんな風に食べているンだろうと云う事が案ぜられるのだ。まだ一度も君から手紙を貰っていない。君もこれから生活にチツジョを立てて、本当に落ちついたらいいだろう。落ちつくと云う事は、ブルジョアの細君の真似《まね》をしろと云うのではない。俺と君の生活に処する力を貯《たくわ》える事さ。金のある奴達は酒保へ行く。無いものは班にいて、淋しくなると出鱈目に唄をうたう。唄をうたう奴達は、収穫を前にして焦々しているのだろう。俺の隣りのベッドに舶大工《ふなだいく》がいる、子供三人に女房《にょうぼう》を置いて来たと云って、一週間目に貰った壱円足らずの金を送ってやっていた。そんなものもあるのだ。マア元気でやってくれるように、小鳥が飼《か》ってあるとか、花でも植えてあるならその後成長はどんな風かとでも聞けるが、そこには君自身の外に、何も無いンだからね。――元気で頼《たの》む」
 かつて知らなかった男の杳々《ようよう》とした思いが、どんなに私を涙《なみだ》っぽく愛《かな》しくした事であろう。
 私は手鏡へ顔を写してみたりした。「お前も流浪《るろう》の性じゃ」と母がよく云い云いしたけれど、二十三と云うのに、ひどく老《ふ》け込んで、脣などは荒《す》さんで見えた。瞼には深い影がさして、
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