あのように誇《ほこ》っていた長い睫《まつげ》も、抜けたようにささくれて、見るかげもない。
 紅《べに》もなければ白粉《おしろい》もない、裸のままの私に、大きい愛情をかけてくれる与一の思いやりを、私は、過去の二人の男達の中には探し得なかった。それに、子供の頃の母親の愛情なんかと云うものは、義父のつぎのもののようにさえ考えられ、私は長い間、孤独《こどく》のままにひねくれていたのだ。

 五番目の手紙には、「まだ、お前の手紙を手にしない。君は例の変な義理立てと云った風なものに溺《おぼ》れているのだろう。もう一二年もたったらそれがどんなに馬鹿らしかったかと解《わか》るだろうが、そんな古さは飛び越える決心をして欲しい。君は、僕に、なるべく悪い事を聞かすまい、弱味を見せまいとしているらしいが、そンな事は吹けば飛ぶような事だ。マア、とにかく困った習癖《しゅうへき》だと云っておこう。同封《どうふう》の金は、隊で貰ったのと、東京を出る時、旅費や宿料の残りだ。僕は壱銭もなくなった。だが生きるようなものは食っている。困らない。山は快晴だ」
 第六番目の手紙、「君は僕の心の中で、だんだん素直に成長して行く。手紙は読んだ。一字も抜かさないように読んだ。君のように怱々《そうそう》と読むンではない。君の姿を空想して読むのだ。僕の送った弐拾円ばかりの金が、よっぽど応《こた》えたらしいが、何かあるのだろうとは思っていた。――お母《かあ》さんへ拾五円送ったって、そんな事を僕が怒《おこ》ると思ったら、君は僕の事について認識不足だよ。僕からも、佐世保へ手紙を出しておこう。君は働きたいとあるが、それもいいだろう。
 弐円ぐらいでは十日も保つまいし、ただ女給と云う商売は絶対に反対だ。威張る商売ではない。僕は色々の事を兵営で考えさせられた。――ところで、こんな甘いことも時に考える。二人で佐世保へ新婚旅行ぐらいしてみたいとね。兵営の中は殺風景で、寝ても起きても女の話だ。僕もそろそろ君への旅愁がとっつき始めた。十日すれば会える。女給以外の仕事であったら、元気に働いて生きていてくれ。小里氏が気が狂《くる》ったそうだが、気の毒な隣人《りんじん》は大いに慰さめてあげる事だ」

 トマトの花が落ちて、青い実を三ツ結んだ。かつてなかった楽しさが、非常に私を朗らかにした。私は与一の手紙が来てから、朴の紹介《しょうかい》で、気合
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