えるお櫃を置くと、谷村さんの前に肉づきの厚い手を差し出して、
「さア、一杯飯ついであげようかね」
「いゝよ、僕つぐから」
 それでも、太つちよの下女は優しげな手つきで、谷村さんに御飯を一杯お給仕しました。そして、何だかもじもじと去りがたくしておりますので、谷村さんは眉をひそめて云いました。
「もういゝよ」
「そうですか……」
 太つちよの女中は、レースの衿のところから、自分のふところ[#「ふところ」に傍点]へ手を差し入れると、小さい卵を二つばかり出して、谷村さんの膳の上にのせました。
「何するの?」
 谷村さんは顔を真赤にして、その卵を睨みましたが、もう太つちよの下女は障子の外に出ていました。
 台所の方では、何事があつたのか、女達がガヤガヤと笑つていました。
 谷村さんは医学上から見ても、あのように太つた女は好きではありませんでしたので、卵の親切を受けるとどうしてよいものか、胸がコトコト鳴りました。
 卵を食べないで、此のまゝ返してやれば、あの女が怒るだろうし、谷村さんはその二ツの小さい卵を着物のはいつている竹行李の中へ入れておきました。
 二階の四号室、美しい彼女、もう谷村さんは気
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