」
「オホッホ……まア呑気な方、私二階の四号室です、どうぞ遊びにいらつして下さいませ」
「ハア、ありがとうございます」
谷村さんは何か子供つぽくうれしくなつて、水道の栓も忘れた位、勇んで部屋へかえりますと、もう顕微鏡の事なんぞも忘れ果てて、ジリジリと釦を押しました。
「お呼びですか」
「あゝお腹が空いたんだ」
「まア、谷村さんたら随分憎らしいわ、御飯上げましようかと云つたら、もう一時間位して持つて来てくれつて云うし、ゆつくりしていると、じきに釦を押すし……」
「たのむ、僕が悪いんだよ」
谷村さんは髪に練り油をつけながら、また肩で笑つて見せました。
4 清修館へ越して二度目の夕飯です。めじまぐろの焼いたのに、油揚げと大根の汁と、葱蒟蒻の味噌なます[#「なます」に傍点]、谷村さんはどれも好物ではありませんでしたが、太つちよの下女の持つて来るお櫃が待ち切れないで、そつと、味噌なます[#「なます」に傍点]なんぞ摘んでみたりしました。
「あゝ急がしいこつた」
「大丈夫だと思つたンだけど、とても空いちやつたんだよ」
「何だ、谷村さんは子供と同じこんだ」
太つちよの女中は、きわめて小さく見
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