いました。
「清修館?」
「ハア!」
「清修館と云うと……」
「あのウ、何でも郵便局と八幡様がありますそうで……」
谷村さんは急に、体中がジンジンと熱くなつて来ました。
「イヤア! そうだ、それは、そのウ、よく知つています」
「まあ、左様でございますか、小さい下宿屋さんだつて聞いていたのですが、此の辺は初めてだもので、見当がつきませんの」
「御案内しましよう」
「マア、それは、でも……御道順でございますか?」
「いゝえ後返りですが、僕はひま[#「ひま」に傍点]ですから帰りましよう」
「済みませんわ、そんなにして戴いて……」
街路樹のすゞかけ[#「すゞかけ」に傍点]がさわさわと谷村さんの頭の上で鳴つていました。谷村さんは凉しい風に何気なく帽子を取りましたが、一夏中被つたカンカン帽子が黄に焼けて、一寸気恥ずかしい思いでありました。
その断髪の女のひとは、女給のようにも見えました。昨夜からのでありましよう、衿白粉が黒ずんで、顔が蒼くむくんでいました。それでも、眉も眼も唇もはつきりして、大変美しいひとで、谷村さんは、此の様な若い女のひとと歩くのは初めてでありますから、一寸まぶしい[#「ま
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