谷村さんは、思い切つて太つちよの下女に、あの美しい女のひとの事を尋ねてみようかなんぞと思いました。けれど、谷村さんは、食事ごとに、竹行李の中にたまつて行く卵の事を考えると、一度に苦しい気特になつてしまいます。
「本当にもう卵なんか持つて来なくてもいゝんだよ、僕アあんまり好きじやアないんだ」
そう谷村さんが云つても、太つちよの女は、現在二ツずつ卵をたいらげて行つている谷村さんの事を考えて、きつと、此の人は遠慮から、その様な事を云うのであろうと思つていました。
「えゝ私は、二ツばかりの卵を持つて来るのに無理をしているのではありませんよ」
谷村さんは困つてしまつて、毎日日課のように卵を二ツずつ竹行李の中にしまいました。
雨あがりの、秋めいた夜でありました。感傷的になつた谷村さんは、フッと太つちよの女をとらえて、四号室の女のひとの事を訊きました。
「四号室の女のひとつて、あゝ私のように太つた画描きの女のひとですか?」
「太つた女のひと?」
「えゝ」
「違うよ、すらりと背の高いひとがいるだろう、ホラ唇の紅い……」
「あゝあれ! あのひと、奥さんですよ」
谷村さんは頭から水をあびせ
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