りはありませんでしたが、どうも蜆汁の中から出た髪の毛とは質が違つていて、非常に細く柔かそうでした。
スガメのかしら、谷村さんは太つちよの女がフッとおかしい程いとしいと思いました。四号室の女の人のように、美しい姿、美しい顔ではありませんが、動物的な人のよさを持つていました。谷村さんは変な幻想を払いのけるように畳に横になると、二階の四号室の女の人達が帰つて来たのででもありましよう、谷村さんの顔へ、ぱらぱらと埃が落ちて来ました。
5 谷村さんは、それから四五日は、学校にも出ないで毎日呆やりしていました。
二階で、一寸誰かあばれて埃が落ちても、谷村さんは狂人のように口を開けて、その埃を吸うのです。
美しい女のひとは一度も谷村さんを訪ねてくれようとはしませんでした。洗面所で、あの翌日会つた時も女のひとは手をしやぼん[#「しやぼん」に傍点]で洗いながら、「少し急がしいものですから、もう出歩いてばかり居ります」 そんな風な事を云つて、谷村さんを予防するかのような口吻でさえありました。でも、谷村さんには、その女のひとに会えないながらも、もうひとつの、甘い出来事が心の片隅に残してあつたのです。
前へ
次へ
全22ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング