まらせてゐた。「まア、どうしてそんな簡單に死んだりするンでせう。とても、お丈夫さうな方なンじやありませんか?」「丈夫は丈夫なんですが、あいつも調子が狂つたンですよ。死にぎはは、可哀想だつたけれど、僕がついてゐたンで安心して眼をつぶりました。生前は僕を困らせていけない女房だつたけれど、死んでみるといゝ奴だつたと思つて想出していけないなア……。これも、もんさんの罰があたつたのかな」もんは、厭な事を云ふひとだと思つた。本社がぢきそばにあるとかで、外套も置きつぱなしで美松へ茶を飮みに來たのだと云つた。「ぢやア、上海を引きあげてお歸へりになつたの?」「はア、あのアパートだけは引つ越しましたがね。正月にはまた今度は南京へ行きます。――もんさんは何だか幸福さうだな、とてもいゝ顏色だ。弱はさうなひとが案外丈夫なのだな」工藤は汚れたカラーをしてゐた。顏色も黄ろくなる疲れた人のやうに歩きかたにも元氣がない。工藤は一人者になつて、いま、もんの肩を抱くやうにして寄り添つて歩いてゐるけれど、もんは二人の間はいまもつて遠い距離があるやうに思へた。二人は内幸町まで歩いて、お茶も飮まないで寒い街角で別れた。二三日した
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