であらう。どう云ふ世の中になつてしまつたのか、人間が流木のやうにどんどん東京と云ふ河口へ流れて來てゐる。庶務課のひとは、もんの履歴書を見て立派な文字だと云つて讃めてくれた。あてがはれた机にはナイフで傷のついてゐるところや、サイダーか何かの瓶の口をあけたやうなギザギザの跡があつたり、もんは何となく氣持が惡るかつた。女のひとが三分の一を占めてゐるやうな廣いオフイスの中に花一つ飾つてない。これでは、どんなに月給を澤山もらつても、女のひと達が荒々しくなるのもあたり前だと、もんはタイプのネジを寄せ、汚れたキイを一つ一つ叩いてみた。油の差しやうが惡いのか、紙の上に文字がうまく載つてゆかない。もんは復へつてから守一に明日から勤める會社の模樣を話した。「ねえ、人間つて、たゞ働く爲だけで生きてゆけるものなのかしら、いくら、かうした非常な世の中だつて、そんな人間のおもひやりなンてものが忘れられて、たゞがらがらとネジを卷くみたいに一本調子に働いてはゆけないと思ふのよ。私の考へてゐることは間違つてゐるのかしら。――からげんきだけでは人間は生きてゆけないものねえ。事務服ときたら袖口のほころびたままのを着てるのが
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