ゐるし、何だか火事場で仕事をしてゐるみたいなのよ。はりきつてゐると云へばそれまでなんだらうけれど……妙なものね。私も、だんだん古くなつてきたのかもしれないわね」六疊ばかりの狹い部屋の中では、もんと守一と暮すにはなかなかきうくつである。守一は割合澤山本を持つてゐた。蓄音機はなかつたけれど、レコードも二三十枚あつめてゐた。「そりやア姉さんがすこし古くなつたンですよ。いまは感情がどうのこうのとは云つていられないンですからね。電車に乘つても、バスに乘つても、誰かゞかならずどなりあつてゐるぢやありませんか……」守一はうがひをして籐椅子に腰をかけた。――「この部屋のなかには何もたべものがないのね。明日にでも、私いろんなものを少し買つておきませう」もんは復へりに料理店へ寄つてたべた一皿の定食が胸につかえさうであつた。守一は會社の復へり、街の食堂で毎日どんなものを食べて來るのだらうと、もんは、家庭のないところに復へつて來る弟を氣の毒だと思つた。台所がついてゐても、そこには、朝、茶を淹れた白い湯のみが二つあるきりで皿一つ、茶碗一つない。もんは、アパート住ひをしてゐる、ひとりものゝ男や女は、みんなかうした
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