したら、今度は私が死ぬる番ではないかと冗談を云ひたかつたけれども、もんは不吉な氣がしてその事は默つてゐた。
 守一が會社へ出て行くと、もんは自分も仕度をして街へ出て行つた。一日も早く就職して、父親を東京へ呼びたかつた。昨日と今日、新聞を切り拔いておいたところをまはつてみやうと、もんは築地行きの市電へ乘つた。街路樹の枯れ果てた秋の東京の街は銀色にいぶしたやうに白つぽく見える。こんな年になつてからも街に職を探しに出なければならない自分を困つたものだと思ひながらも、もんは、少しばかり晴々した氣持だつた。色があさぐろくて眉の濃いのが情のこまやかな人だのに、あなたばかりはそんなには見えないとよく昔の女友達が云つてゐたけれど、眉の濃いと云ふのが苦になつて、もんは時々毛拔きで眉毛を拔いたりしてゐた。眉毛を拔くときに、細く眼を閉じると、あら、自分にもこんな顏があるのかと、もんは子供のやうにそつと鏡のなかで色々な變化のある表情をしてみる。眼を細めると佛樣のやうな顏になる。ぱつと眼を開くと、よそよそしい表情になつた。笑ひ顏をすると、鼻筋に貧相な皺が寄つた。いまも電車の窓硝子にうつる自分の顏を、もんはぢつと
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