ばなつかしかつたけれど、もんは異郷に來た淋しさだけで、昔の戀人によりそつて行くのは自分の身を殺すやうなものだと思つた。充分にみのらないまゝで地に落ちてゆく果物のやうに、もんは、一人で考へ、一人でその考へを實行して、自分はいゝことをしてゐると思つてゐるやうだつた。もんは店の寄宿舍に寢泊りをしてゐた。上海も、もんにとつては住みいゝところではなかつた。正月を上海ですごして、もんは店で知りあつた女友達と二人で蘇州の日本人のデパートに勤めに行つてみたけれど、こゝでももんは落ちつかなかつた。時々工藤のことを思ひ出した。蘇州にゐる間に、土地開發會社の社員だと云ふ米倉と知りあひになつた。知りあつて間もなく結婚を申しこまれたけれども、もんは厭だとことわつてしまつた。米倉は早くから妻君を亡くして、佐賀の田舍には女の子が一人あるのだと話してゐた。よく酒をのみ、らいらくで、人の困つてゐることには何でも世話をやいた。蘇州に着いたもんも、丁度部屋がなくて困つてゐるのを、店に來てゐた米倉が城内の支那人の旅館に世話をしてくれた。米倉は旅館や店にたづねて來るたびに珍らしいたべものや、化粧品をお土産に持つて來てくれた。昔
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