一緒なンですつてね」もんがうらみがましく云ふと、工藤はむつくりと起きて腹這ひになると、頬杖をついて、「何も彼もメーフアーズさ。君が惡いンだよ。君が……」そう云つて、桃色の柔い包みにはいつたルビークインと云ふ煙草を出して一本口に銜へた。工藤は、いまの妻君を非常に愛してゐるらしく見える。どんな女性かは知らないけれども、よつぽど氣に入つたひとなのであらう。工藤の眼は、信州の山のなかで見た激しい表情とはおよそ違つてゐた。まるで氣のおけない女友達にでも逢つたやうに、御飯でもたべに行かうとか、南京路を歩いてみようとか現在の二人には少しもかゝはりのない事を云つた。これでは戀草を力車に七車と力んでみやうにも力みやうがない。もんは呆れたやうな顏をして默つてゐた。
もんはそれから暫く上海の日本人の店で働いた。小さい雜貨店で鑵詰から呉服類まである店だつたので朝から夕方まで相當忙はしかつた。時々店へ買物に來る工藤にあつたりしたけれど、もんはあまり話をしないやうにしてゐた。店の休みの日なんか、思ひがけない街通りで醉つぱらつて歩いてゐる工藤をみかけたりした。お互ひに胸におちない別れかたをしてゐるので、たまに逢へ
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