。こつちへお這入りよ、風邪ひいちまふぜ‥‥」
謙一が埼子の弟の喬を抱いて、縁側から垣根のところにゐる二人を呼んだ。埼子は黒いリボンで頭髮を結んで、洋服の上から派手な錦紗の羽織を引つかけてゐた。京都人形のやうに沈んだ顏だちで、皮膚の薄いのが、妙に痛々しくみえる。
中堀や櫻内が部屋へはいつて來ると、埼子はわざと、この二人の大學生の間に坐つた。謙一は、自分のそばには坐らないで、向ふ側に、にこにこして坐つてゐる埼子を見ると、かへつて吻つとしたやうな氣持になつてゐる。
「櫻内さんは何處へおきまりになつたの?」
「何です? 勤めさきですか?」
「えゝ」
櫻内は鹿兒島の生まれで、鹿兒島の言葉の訛がなかなか拔けないらしく、妙にどもりながらしやべつてゐた。
「八幡の製鐵所へ勤めることになりましたけどねえ、誰つちや知つたひとがをらんので、淋しかです‥‥」
「まア、八幡へいらつしやるの? 中堀さんは何處?」
「僕は滿鐵の方で吉林へ行きます。隨分遠いンですが、清水が新京へ行くンで、時々は逢へると愉しみにしてゐますよ‥‥」
「まア遠い處へいらつしやるのねえ、謙一さんが新京へいらつしやつて、隨分遠い處だとお
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