頃、埼子の母たちが來た。中堀や櫻内も一汽車遲れてやつて來た。母は埼子の小さい弟たちを二人も連れて來たので、淋しい別莊にはちきれるやうに賑やかになつた。躯の弱い埼子が、秋からずつとこの別莊に養生に來てゐて、珍しく一週間ほど東京へ戻つてゐたのである。今朝も、謙一と連れだつて兩國から汽車に乘つたのだけれど、埼子は、あわたゞしく東京で謙一と別れたくはなかつたのだ。千葉の家で、謙一の送別會をしようと云つて、忙しい謙一を無理矢理に埼子がさそつたのであつた。
「おや、犬でも上つたのかしら? お座敷に砂がいつぱいよ‥‥」
埼子の母は、座敷に散らかつた砂を見て、臺所へ箒を取りに行きながら、
「埼子さん、お座敷の砂はどうしたのよ?」
とたづねてゐる。埼子は謙一と顏を見合はせてくすりと笑つた。中堀も、櫻内も、海を見るのは久しぶりだと、寒いのに庭の垣根に凭れて海を眺めてゐた。謙一だけが背廣姿で、中堀も櫻内も學生服だつた。
「さア、皆さん、寒いからお座敷へ這入つて下さい。お火鉢が出てゐますよ‥‥」
座敷はきれいに掃かれて、近所から寄せあつめてきた座蒲團が並び、母は火鉢に大きな鍋をかけてゐる。
「おい、おい
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