な話をしたいと思つてゐるンだ。――カツ子さんのことに就いては埼ちやんが考へてゐるやうな重大なことは何もなかつたんだし、僕にはそんな烈しいことは何も出來ない。カツ子さんも埼ちやんが知つてゐるやうに、中々堅實な地味なひとなンだし、いまはむしろ、僕は埼ちやんをお嫁さんに貰へれば貰ひたい位に考へてゐるけれど、僕には職業を捨ててしまつて埼ちやんのそばにつききりでゐられる自由もないのだし、‥‥結局は、埼ちやんが躯をよくして、滿洲へ來てくれることだな‥‥男は、功利的な意味ではなく、職業の爲には折角の戀愛も捨てなければならない場合もあるンだ。わかるかなア‥‥僕は今どんな素晴らしい戀をしてゐても、どうしても新京へ行つてしまふだらうし、新しく仕事に出發してゆく氣持は、現在の僕にとつては何ものにも替へがたい‥‥」
 埼子は默つてゐた。明るい陽が疊いつぱいに射して、謙一の影が肥えた傴僂のやうに疊にくつきりと寫つてゐる。
「だから、もういゝのつて云つたでせう? 私は新京なんかに行けやしないわ‥‥私だつて、私の生活があるンだし、もう、このまゝお別れでいゝと思ふの。私は病氣なのだもの‥‥」
 謙一は誰かに呼ばれたや
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