をみつめてゐる。埼子は帶をといた。そして、帶をそこへときすてたまゝ自分の部屋へ走つて行つた。謙一は疊の上の砂を眺めてゐたが、急に、熱いものが胸に沁みてきた。埼子の淋しさが、昨日からの自分を責めてゐるやうにもとれる。謙一はさつき濱邊まで埼子を探しに行つたのだけれど、埼子を探すことが出來ずに戻つてきたのであつた。謙一はしばらく座敷へつゝ立つてゐたが、心のうちでは、埼子へ對する激しい愛慕の氣持がつきあげてきてゐた。
 謙一は埼子の部屋へ行つてみた。埼子はもう洋服に着替へて濡れ手拭で顏を拭いてゐる處だつた。
「ねえ、ごめんなさいね‥‥」
「‥‥‥‥」
「怒つた?」
「何を怒ることがあるンです? 怒ることなんかありやアしませんよ。――さつき、僕も濱に行つてみたンだけど‥‥」
「さうお、私ずつと遠い處へ散歩に行つてゐたの‥‥」
 埼子は鏡の中の謙一にふふふと笑つてみせた。謙一は急に蹲踞んで、埼子の肩を抱き埼子の額に接吻をした。埼子は濡れ手拭を持つたまゝ、しばらく謙一の胸に凭れてゐたが、急に身を起して、
「厭よ! 厭だア、あつちへ行つてよ、謙兄さん大嫌ひだ、大嫌ひ!」
 と、鏡の中の謙一へ濡れ手拭を
前へ 次へ
全25ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング