青春と云ふものは、一々大芝居をしてみせなきやならないものとも違ふし、環境によつて、貴族の青春もあるだらうし百姓の青春もあるだらうし、僕たちのやうなサラリーマンの青春だつてあるンだ。埼ちやんが讀んでゐる小説の青春は、それはその作家の描いた芝居であつて、現實の世界に、これが僕たちの青春でございと金看板はさげられないぢやないの? 青春の氣持なんかはその人々で生涯持つことも出來るだらうし、僕は平凡に就職して、親爺やおふくろによろこんで貰ふことで滿足だな‥‥」
「‥‥‥‥」
「埼ちやんに云はせると、與へられた職なんかも時には放つたらかして、一人の女を熱愛することが青春なんだらうけど、それだつて結局はたかが知れたものだ‥‥」
謙一は窓邊に行き、窓を開けて海を眺めてゐた。海の色は段々青く染まつてきてゐる。空には小さい白雲が吹き流れてゐた。
「そりやア謙一さんは、長生きをする方だからそんなことが云へるのよ。私は、‥‥私は、いつ死ぬるかもわからないンですもの‥‥」
「何を云つてるンだ。病氣なんかに負けちやいけないとさつき云つたでせう‥‥少しのんびり保養をしてゐたら、埼ちやんなんか若いのだから、すぐカツ
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