ど‥‥」
「さう‥‥あの櫻内さんて、とても元氣な方ねえ、八幡の製鐵所へいらつしやるつて向いてると思ふわ。――みんな大學を出て、職がきまつて、戀もしないでお嫁さんを貰つて、赤ちやんが出來て、平和に一生を送るのね?」
「それでもう澤山ですよ‥‥埼ちやんは、頭の中だけで色々なことを考へて、一人で人を罰したり、人を讚めたりしてゐる‥‥人間らしい生きかたと云ふのは、結局は平凡な生涯[#「生涯」は底本では「生滅」]にあるんぢやないかな‥‥埼ちやんはあんまり小説類を讀みすぎるね。あんたは病氣なんだから、病氣に勝たなくちやいけない。やつぱり、規則正しく日光浴をして、散歩をしたり、おいしいものをたべたり、いまのところ、呑氣にそんなことをした方がいゝと思ふンだけど、埼ちやんが焦々してゐると、みんなが焦々しなければならないもの。僕は、昨日、埼ちやんが砂を運んで來てくれただらう。あんな無邪氣な埼坊が好きだなア、――就職をして、お嫁さんを貰つて、平和に生涯を終ることが出來たら結構だと思つてゐるンだ‥‥」
「おゝ厭だ。そんなしみつたれた若さだの、しなびた青春なんてきらひだわ‥‥」
「しなびた青春か‥‥さうかなア。
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