唇は春風のやうに自然に媚びがにじみ出て来て、中高な顔がもう十七八に見せる時がありました。
朝になると、由が腰かけてゐるところで、「ああしんどウ」とひとやすみして、今日の学課について話して行くのですが、由には、此時だけが友達のやうに思へて、割合よくひな子に話しかけるのでありました。
「今日は理科は何のウ?」
「あざみヨ習ふんぢやが、もう、わしは絵が下手ぢやけえ、先生に描いてもらうたん、なう見なしやい」
その絵は、ひな子よりはましでしたが、これでは何時かマフラを首に巻いてゐた先生のやうなあざみの花にしか見えません。
「あざみも沢山あるんぢやけど、わしや判らん、なう、云うて上げようか、ほい、たかあざみ、のはらあざみ、きつねあざみ、のあざみ、くるまあざみ、やまあざみ、おにあざみ、なんぼうあつたかの?」
「なんぼうかおぼえなんだ」
「わしもよう忘れるんぢや、やれしんどいのウ」
ひな子は八ツ口から出したむき出しの腕に学校道具をかかへて、由よりも呆んやりした顔つきで学校へ出かけて行くのです。[#底本は次行の空きなし]
5 ひどく淋しい三週間でしたが、由は、持つ来た襯衣箱を風呂敷に包んで、「
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