座で築港の問題について声高く論じあつてをりました。末席には、詰衿を着て、首のところへだけネクタイのやうに黒いマフラを巻いたひな子の先生が、蜜柑をうまさうに食べてをりました。
 座席の真中では手踊りが始まり、歌も勝手な奴が流れてきこえましたが、只さうざうしいだけで、由は呆んやりつつたつてみてをりました。
「先生は蜜柑ばア食べようて、なう、酒飲まんの?」
「酒は飲めんのんよ」
 ひな子の若い先生はわざとひな子の肩を抱いて、「可愛い子ぢやのウ」と云ふのでした。ひな子は二十四五の女のやうに老けた笑ひをしながら、姉芸者たちの真似ででもありませう、「好かんがア」と云つて、先生のひざを厭と云ふほどつねつて、由の方へ走つて逃げて来るのでありました。[#底本は次行の空きなし]

 4 由は二週間も過ぎると、妙に空漠なものが、心におそつて来て、まだ少女のくせに、夜中眠られないで困つてしまひました。うどんやの家族は四十歳になるお神さんが主人で、お神さんの両親と、お神さんの弟が一人ゐましたが、此家族は怒ることも泣くことも亦笑ふこともどつかへ忘れてでも来たやうな人達で、由が来ても、昔から由はゐたのだよと云つた風
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