つた。私はその路地の前を通るのが厭なので、引き返して煙草屋の横へ曲つてしまつた。道がせまいので、両側の痩せた樹の間から、霰のやうな音をたてゝ私の雨傘に雨粒があたつた。誰が、あんな憎たらしい子供に金なんかやるものかと私はチヱリーを買つたことを吻として考へたのだけれども、あの子供は、雨の中を濡れながら、あの髪を剪つた女はいまいましい奴だつたと、一時間や二時間は私を呪つてゐるのだらうと思つた。いや、あんな子供の事だから、当分は私のことを呪つてゐるかも知れないと思つた。身上話なんか聞かない前に、「おばさんはお金持つてないのよ」と、言つてやれば、あんな悪体もつかれずに別れられたものを、とその日は一日ぢゆう気持ちが悪くて、オルガンのある裏の家で、沢山の子供達が騒いでゐても、何だかおびえて仕方がなかつた。
その雨の日から暫くたつて、また或る雨の日、私は友達の出版記念会の招待を受けた。長い梅雨でくしやくしやしてゐたので、私は、その友人の出版記念会に出て、久しぶりに、色々な人達に会ひ、この梅雨のうつとうしさから吻としたいと思つたのであつたが、あひにくと、その日はふところがとぼしかつた。三円の会費なので
前へ
次へ
全12ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 芙美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング