きつばたの花を活けながらも、いいことをしたとよろこんでゐたのであつた。
 だが、一緒に歩いてゐる此子供は、花屋の前で逢つた子供よりも二ッ三ッ[#「二ッ三ッ」はママ]小さくて、話はあの子供よりこみいつたことを言ふのであつた。
「僕はおばあさんの家へ貰はれて行つたンだけどね。毎日いじめるンだもの、傘の修繕屋なんだよ。お金なンかないンだよ」
 私は、そつと十銭玉を掌に出して、この子に何時渡してよいのかと考へてゐた。こんな厭な子供に、金をやるなんていまいましいと思つた。コンクリートの橋を渡ると、赤い看板を出した煙草屋があつた。私は急に掌にある十銭玉を出してチエリーを一つ買つた。子供はありありと悄気た顔になつて、また、歩き出してゐる私をつかまへ、「二銭おくれよ」と言つてついて来た。
「二銭で何を買ふの?」
「メンコ」
「メンコ? だつて、貴方はお腹がすいたつて私に言つたぢやないの、どうして嘘を言ふの、貴方は学校へ行つてゐるの?」
「学校なンか行かないや!」
 その子は、最早あきらめたのか、私を憎々しさうに笑つて、足早に走り出すと、「断髪の馬鹿野郎!」と言つて走つて雨の降りこむ路地の中へ消えてしま
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