の言ふこと嘘だかも判らないぢやないの、大人の私には、十銭だの五銭だの何でもありやしないのよ。だけど、厭なの、あなたが子供だからなほ厭なの」
「二銭でもいゝや」
「二銭でも厭! 私は子供がきらひよ。赤ん坊は好きだけど、子供はきらひ、嘘ばかり言ふから」
「嘘なんか言はないよ‥‥」
「さう、本当の事を言つてゐるの?」
「本当におなかがすいてンだよウ」
 私は、この子供が、お金をおくれと言つた時に思ひ出したのであつた。一ヶ月程も前のこと、かきつばたの花を買つて、夜更けに花屋から出て来ると、十三四の男の子が、やつぱりこんな風に呼びかけて来て、お金をおくれと言つたことがあつた。お使ひに行つてお金を落してしまひ、いまゝで帰れないのだと言ふのであつた。落した金はどれほどと聞くと、十銭玉二つと言つた。どうして、私に呼びかけたのと聞くと、花を買ふやうなひとは金持ちだらうから言つてみたのだといふのであつた。夜も更けてゐたので、私はその悄気てゐる子供に十銭玉を二ツやつて、お使ひを済まして早くお帰りなさいと、踏切りのそばで別れたのであつたが、それは、本当にさうかも知れないと、その子供のふつくらした顔に信頼してか
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