ぶ》と云うのを毎月借りていた。大井先生はまた私に色々な本を貸してくれた。広津和郎《ひろつかずお》の『死児を抱いて』と云う小さい本なぞ私は愕きをもって読んだものであった。
ある日、昼の休みに講堂の裏で鈴木三重吉《すずきみえきち》の『瓦』と云う本を読んでいた。校長がぶらりとやって来て、此様な社会の暗黒面を知るような本を読んではいけないと云った。私は大変いい本だと思いますと云うと、そのあくる日の朝礼の時間に、校長がひとくさり、小説の害を説いて降壇すると、その後に若い国語の大井先生が「小説を読むふとどき[#「ふとどき」に傍点]な生徒がいることは困ったことです」と登壇された。私は首をたれていたが、この若い教師の言葉をそのときほど身に沁《し》みて考えたことはなかった。その『瓦』と云う本は大井先生に借りていたものであった。森先生に伸々《のびのび》とそだてられていた私は、小説を読むことをそんなに害とも思わなかったし、学校で読んで悪いことも、そんなに気にしていなかったので、それからと云うもの、私はこの若い国語教師にうっすらと失望を感じ尊敬を持たなくなった。学校へは一切小説本を持ちこまなくなったかわり、
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