かしら、絹子は信一が一度結婚したひとだとは考へてもゐなかつたので、そんな写真には不注意だつたのかも知れない。ちらと眼をかすめた子供の写真は、女の子の顔のやうだつた。
絹子は信一の後を追つて、すぐ走つてゆきたかつたのだけれども、何となく信一をそのまま放つておきたい気持になつてゐた。
あのひとに子供がある‥‥どうしても絹子には信じられなかつた。褞袍を着てインバネスを着て杖をついてゐる後姿がたよりなくふらふらしてゐた。
絹子は煙草やマツチをハンカチに包んで立ちあがると、寒い海風のなかをよろよろと信一の方へ歩いて行つた。信一は小さい声で口笛を吹いてゐた。
「いやよ、そんなに一人で歩いて行つたりして‥‥」
藁小屋のそばにゐる時は、そんなに寒いとも思はなかつたけれども、汀の方へ出てみるとはつと息がとまりさうな寒い風が吹いてゐた。
「風邪をひくといけないから戻りませう」
絹子が信一のインバネスの袖をつかんで小さい声で云つた。誰もゐない浜辺は沙漠のやうに荒涼としてゐる。浜辺近くそそり立つてゐる丘の上には白い灯台が曇つた空へくつきりと浮き立つてゐる。絹子は、信一にたとへ子供があつた処で、それが
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