れど、――吉尾さんは、いつたい僕のことをどんな風に云つたのかねえ?」
「どんな風つて‥‥」
「いや、僕の身の上のことに就いてさ‥‥」
「身の上つて、どんな事でせう‥‥」
「吉尾さんは、何だか、僕のことをかばつて、君には何にも話してゐないやうだね‥‥」
「だつて、どんな事を訊くンですの‥‥別に あなたの身の上の事なんか、いまさらどうでもいいぢやありませんか‥‥」
「いや、訊いてゐないとするとよくはないさ‥‥」
 絹子は何のことだらうと思ひながらマツチをすつた。青い火が指先きに熱かつた。信一はうまさうに煙草を吸つた。白い煙がすぐ海の方へ消えて行く。
「僕に子供があることを吉尾さんは話したかな」
 絹子は、
「えツ」
 と息を呑んで信一の顔をみつめた。
「それごらん、――吉尾さんは、そのことを君に話さなかつたンだね?」
 信一はさう云つて、黙つて立ちあがると、一人で汀の方へゆつくりゆつくり歩いて行つた。絹子は暫くその後姿を眺めてゐたけれども、何だか信一が嘘をついてゐるやうで仕方がなかつた。でも、子供があると云へば、信一の部屋にはたしかに子供の写真があつたと思へる。机の上だつたかしら、壁だつた
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