と、絹子は二宮家を去つて親類の吉尾の家へやつかいになつてゐたのであつた。
 絹子は美しくはなかつたけれども、愛嬌のいい娘で、大柄でのんびりしてゐるのが人に好意を持たれた。絹子は二宮家にゐた間に、二度ほど縁談があり、一度は無理矢理に見合をさせられた事があつたけれども、絹子はその男を好かなかつた。相手はメリヤス商人で、もう相当女遊びもした男らしく、絹子にむかつても、はじめからいやらしいことを云つて黄いろくなつた歯を出して煙草ばかり吸つてゐた。
 絹子は厭だつたのですぐその縁談は断つて貰つた。
 絹子は結婚と云ふものが、こんなに浅薄なものなのかと厭で厭でならなかつた。そのくせ何かしら、自分の体は熱く燃えさかるやうな苦しさに落ちてゆく日もある。
 吉尾から信一の話を持つて来られた時には、絹子はほんとうはあまり気乗りがしてゐなかつたと云つていい。一度見合ひをしてこりてもゐたし、商人とか職工とかは絹子はあまり好きではなかつたのだ。会社員のやうな処へ嫁に行きたいのが絹子の理想だつたのだけれども戦場から片眼を失つて来てゐるひとと云ふことに何となく心をさそはれて、絹子は信一に逢つてみたのである。
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