くな人がゐないもの……」
「あら、これはそうだけど、此間は違つてよ。とても澁いちやんとしたネクタイだつたわ」

       ○

 杉枝は姉の結婚話のことは何も知らないで、與田先生の家へ遊びに行き、そこで始めて安並に逢つたのだ。無口で、その上大柄で何となくおつとりしてゐる安並が杉枝は好きで仕方がなかつた。男の兄弟と云へば中學一年の弟一人で、かうした逞しい青年の友人を一人も持たない杉枝は、一と目で安並が好きになり、それからは與田先生に何處か安並さんのやうなところへお嫁に行きたいと話をした。安並も杉枝ならば貰つていいし、杉枝の家でおゆるしさえあれば、九月中旬に式を擧げたいととんとん拍子に話がまとまつたのである。話がまとまつてから、杉枝はよそのひとに、あのひとはお姉さんと見合ひをする人だつたのだと聞かされて、なアんだそうだつたのかと、獨りで赧くなつてゐた。それでも、杉枝との話はまとまり、式の日もきまり、二三日のうちに、安並を招待して、内輪でみんなにひきあはせる夜を待ちませうと云ふことにまで到つて、杉枝は姉には上手に默つてゐた。
 その安並を迎へる夜が來て、杉枝の家族はみんな客間へ集つて卓子
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