と云ふ美容師が來て、杉枝の衣裳を見立ててゐるのかも知れない。相當賑やかになつて來た。
軈て杉枝が青い蜜柑を盆へのせて持つて來た。
「あら、姉さんはまた小説を讀んでゐるの? 階下へいらつしやいよツ」
「うるさいから厭よ」
疊の上に寫眞が放つてあるのが杉枝の眼にとまつた。杉枝は立つたまま暫く蒲團のそばに放つてある安並の寫眞を見てゐた。だんだん顏が眞赤になると、急にそこへぺつたり坐つて袂を顏へあてた。登美子は寫眞のことで、このじやじや馬は腹をたててゐるのだらうと、いつとき默つてゐた。
「私、安並さんのところへ行くのやめてもいいのよ」
杉枝は泣いてはゐなかつたのか、洗つたやうな明るい顏を擧げて、小さい聲で登美子に云つた。登美子は何だか、この寫眞を疊へ放り出してゐるので、自分が誤解されたのだなと、厭な氣持で、
「やめてどうするの?」
と意地惡な問ひかたをしてみる。
「やめてどうするつて、お姉さんゆけはいいぢやアないの……」
「私がゆく? へーえ、そんな風に思つて、そんな事を云ふの? 何も、貴女の旦那さんの寫眞を私が見たからつて、私がゆきたいから見たとは限らないでせう? ――をかしいことを
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