の御主人から送つて來た猿が、このごろ登美子の家のペツトになつてゐて、時々家ぢゆうのものを笑はせてゐるのだ。登美子はふつと、妹の鏡臺のところへ行き、安並敬太郎の寫眞を蒲團のところへ持つて來た。杉枝の良人となるべき人物も、ほんの一二週間前までは、自分の相手として話を持ちこまれたのだと思ふと、登美子は運命の不思議さを感じないではゐられない。平凡な顏だちで、登美子にとつてはむしろ好意のもてる顏だつたけれども、與田先生の持ちこんで來た話だと云ふことにこだはり、何故だか氣がすすまなかつたとも云へる。三十二歳で、早稻田の法科を出て、七年も上海に住んでゐるひと、軍籍はくじ[#「くじ」に傍点]のがれだとかで一度も兵隊にはゆかないのださうだ。登美子は、寫眞の逞しい人物を眺めてゐて、この人がくじ[#「くじ」に傍点]のがれだなンて不合理だと思ひ、こんな立派な躯をしてゐる人が、相當にくじ[#「くじ」に傍点]のがれで殘つてゐるとするならば、日本もまだ頼もしいものだと登美子はそんな事を呆んやり考へてゐた。
 笑つてゐるンだか、泣いてゐるンだか、猿が百舌のやうにかんだかく鳴いてゐる。うるさいほどだ。階下では此町一番だ
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