來たいと父をせがんで、お供役に登美子がついてゆく事になつた。さて、話には上海と云ふところを樣々に聞いてゐるけれども、いざ、現實にそこへ行つてみることになると、登美子は上海に就いて段々不安なものを感じて來てもゐる。
秋で支那の氣候としては一番いいシーズンだつたので、心配をしたほど寒くもなく、安並がとつておいてくれたブロードウヱマンシヨンの八階の部屋に登美子親子は落ちつくことが出來た。時々、母親は思ひ出したやうに、杉枝は亡くなつてからも孝行で、私は杉枝のおかげで支那へ來たやうなものだと冗談まじりに云ふ時があつた。登美子はすつかり上海が好きになり、何か職でもあつたら、二三年とどまつて働いてみたいとも思つたけれど、一ヶ月ほどして杉枝の遺骨をたづさへた安並と、去年の冬生れた赤ん坊とをかかえて、登美子は母と町へ戻つて來た。
杉枝の赤ん坊はすつかりおばあちやんに氣に入つてしまひ、牛乳の世話から何から、みんな登美子の母がするやうになつた。安並は杉枝のとむらひを濟ませるとまた、一人で上海へ戻つて行つたけれど、それからまた一年は無爲に過ぎてしまつた。或日、與田先生が、興奮したやうな表情で登美子をたづね
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