方がありません。山の中へ早くかえりたいと思いました。こんな嘘つきのところにいると何をされるかしれないので、狐はだんだんこわくなってしまいました。
「おれのところでは、鷄をもう二度も六兵衞に食われっちまったンだからな……。」
「狐ぐらい動物のうちで惡い奴はないのう。あれは魔物だからなア。雨の降る晩は、かならず山に灯をつけてからかうし、ろくな事をせんぞ。二三日、六兵衞はひぼしにして、腹をきれいに干して、いっぺん狐汁でもしてみんなで食おうじゃないか。」
「うん、狸汁はうめえそうだが、おれは、狐汁というのは始めてだ……。」
 狐はびっくりしました。急にお母さんがなつかしくなり、涙をいっぱいためて息をころしていました。
 夜が更けてから、狐は一生懸命に箱の蓋をもちあげてみました。石でものっかっているとみえて、蓋を持ちあげるたび、ごろっごろっと石が少しずつ動いている樣子です。狐は根氣よく蓋を持ちあげて、とうとう長いことかかって扇子がたに、箱の蓋をずらすことが出來ました。そっと首を出しますと、あたりはうすぐらいのです。かすかに障子の破れから月の光がさしている樣子なので、狐はやっとの思いで土間へはい出
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