ちになつてゐる。つゆは今年七十五歳である。つゆは百まで生きたいと思つた。
 娘が三圓の小遣ひをくれたので、つゆは淺草へ遊びにゆかうとふつと考へてゐた。熱い握り飯を肩掛けの下に入れて、薄陽の射してゐる街を歩くのはいゝ氣持である。省線に乘つてからは、つゆは窓向きにクッションの上に坐つて、走る窓外をぢつと眺めてゐた。つゆは遠い以前、つれあひといろいろな旅をしたことを思ひ出してゐた。車窓からは、菊の咲いてゐる小學校があつたり兵隊が出征してゐたり、色々な景色が見渡された。上野で降りて地下鐵で、つゆは淺草へ行つたのだけれど、觀音樣の方へはゆかないで、つゆは駒形橋を渡つて交番のそばのかもじ屋へ這入つて行つたのだ。半年も前に頼んでおいたかもじを取りに行つたのだけれど、かもじ屋では息子が出征してしまつてわからないと云ふので、夕方までに探して貰ふことにして、つゆはぶらぶら松屋の方へ戻り、松屋の屋上へ上つて行つた。空はよく晴れてゐる。十二月のデパートは人がいつぱいであつた。つゆは人ごみに押されながら、反物の賣場や、男の洋服地の方へ行つてみた。つゆのつれあひは昔、男物の洋服地を賣つてゐたので、そんな賣場をみて
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