心に、常次はまだ一日も遲れたことがない。夜は五時に戻つて來て夕御飯をたべてすぐ寢ついてしまふ。將來のことはわからないけれども、私は常次が早く機械を造れる職工になつてくれるといゝと思ふ。私は常次を大學へ上げてやりたい希望だつたけれど、常次は學問がきらひなので、無理に學校へやることもないと思ひ、職工にしてしまつた。常次は田舍の青年學校へ、國家の非常時に向ひ、私も微力ながら産業戰線へ一職工として働くことになりました。當分田舍へ歸れませんので、そのうちかへりましたら、またお務めさして戴きたく、皆樣によろしく、と云ふ中々元氣のいゝ手紙を出してゐた。――常次の部屋は北向きの寒い部屋だけれど、壁には父母の恩は山よりも高く、海よりも深し、と云ふ常次の清書が張りつけてある。このごろは田舍も貧しくて齒磨粉も買へないのだ。サフランを少しばかり植ゑて、二三匁の收穫を一圓四五十錢で賣り、柿を賣つたりして、常次はやつと東京までの切符を買つて出て來たのだと云ふ。柿も今年はいつになく豐年だつたけれど、釘が手にはいらないので箱がつくれないし、運輸が思ふやうにゆかないので、柿も二束三文に賣つた話をしてゐた。百圓も貯めて一
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