…別に本当の事なンか出やしないわ。だって、こんなの、まるで河のほとり[#「ほとり」に傍点]に立って何か唄《うた》っているようなの……ねえ、その気持ち判《わか》るでしょう」
「判らないねえ、僕はうたよみ[#「うたよみ」に傍点]じゃないから……」
「そう、そうなの……」
本当を云えば、初め、僕は彼女を愛しているのでも何でもなかったのだ。彼女だって、僕と一緒になるなんぞ夢にも思わなかったろうし、結婚の夜の彼女が、「済まないわ……」と一言|漏《もら》した言葉があった。どんな意味で云ったのか、僕だけの解釈では、僕以外の誰かに、済まなさを感じていたのであろう。――僕は彼女を知る前に、一人の少女を愛していた。骨格が鋭《するど》く、眼《め》は三白眼《さんぱくがん》に近い。名は百合子《ゆりこ》と云った。歩く時は、いつも男の肩に寄り添《そ》っていなければ気が済まないらしく、それがこの少女の魅力《みりょく》でもあった。
「とうとうお菊《きく》さんと結婚なすったンですってね。三吉さんもなかなか隅《すみ》におけない」
黄昏《たそがれ》の街の途上《とじょう》で会った時、百合子はチラと責めるように僕を視《み》て
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