うな目をして、啓吉を見上げたが、
「心配するな、叔父さんが後にひかえている。――子供のくせに、ええ? 心細がる奴があるかッ」
「…………」
「ああ、叔父さんだって、まごまごしちゃいられないんだ。啓坊も叔父さんもうんと勉強してさ、ねえ、――そこの煙草を取ってくれよ」
 啓吉は銀紙のはみ出たバットを部屋の隅から取って来てやった。
「九州って遠いの?」
「九州か、そりゃッ遠いさ……行きたいか?」
「…………」
「母さんが一番いいんだろう……」
「だって、あのおじさんのいない時には、母さん、うんと僕たち、可愛いがるよ」
「いまに、礼子ちゃんと帰って来るさ、待てるだろう?」
 啓吉は心の中で、「どこで待てばいいか」と訊きたかった。

       二十七

 啓吉は伸一郎を守りしながら、誰にも愛されないで、叔父の散らかしている本ばかりを読んで暮らした。
 アンデルセンの絵なき絵本という本は、そっと自分のランドセールに隠してしまった位すきであった。
 絵なき絵本を読むと、飛んでもない連想が湧いて、遠い長崎に行った母親を尋ねて行きたくなった。――長崎へ行くには、不思議な色々な道があるのに違いないと思
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