、手の甲で目をこすり始めた。
「莫迦野郎! 泣く奴があるか。啓坊はよく出来るンじゃないか。ええ? 元気を出して、一つ、うんと勉強して、皆を吃驚《びっくり》させてやれよ……」

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波と風とにさそわれて
今日も原稿書いている……
[#ここで字下げ終わり]

 啓吉が、ひどく悄気《しょげ》ているのを見て、勇気づけてやろうと思ったのか、勘三が鼻唄まじりにうたい出したのだが、啓吉は、涙よりもひどいしゃっくりが出て困った。
「そンなに淋しがるな、ええ? 叔父さんだって、なんじゃ、もんじゃだ。判るかい? 面白いだろう。淋し淋しっていうンだ。しっかりしろ!」
 しっかりしろといわれても、中々しゃっくりは止まらなかった。
「変なしゃっくりだなア、ぐっと息を呑み込んで御覧よ。ぐっと大きく……」
 コロッケ屋と花屋の前へ来てもしゃっくりが止まらなかった。勘三の家では伸一郎が万歳をして迎えてくれた。
「まア、啓吉、また来たのかい?」
 前掛で濡れ手を拭きながら出て来た寛子は、目立って鮮かな頬紅をつけていた。
「姉さんはとうとう都おちだぜ」
「都おち?」
「落ちゆく先きは九州|相良《さがら
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