としているのが啓吉によく判った。啓吉は裏口へ回って見た。雨戸が閉ざされている。節穴から覗いてみたが、中は真暗だった。啓吉は庭へ立ったまま途方に暮れてしまったが、自分の影が一寸法師のように垂直に落ちているそばに、何時かの植木鉢が目についた。コツンと足で蹴ると、ごろごろと植木鉢が転んで行って、その跡には雌の蟋蟀がしなびたようになって這っていた。小さい雄は、植木鉢の穴からでも逃げたのであろう。啓吉はしゃがんで、乾物のようになった雌を取り上げると、一本一本ぴくぴくしている脚をむしってみた。
「母アさアん!」
返事がなかった。
「母アさんてばア……」
四囲が森としているので、声は自分の体中へ降りかかって来た。
大きい声で、再び啓吉は、
「母アさん!」
と呼んでみたが、声が咽喉につかえて、熱いものが目のふちに溢れ出て来た。本当に皆で九州へ行ってしまったのに違いない。啓吉は、ランドセールにしまいこんだ白い手紙の事を想いだすと、いよいよ自分一人捨てられてしまったような悲しさになった。
小さな風が吹くたび、からからと木の葉が散って来て、誰もいないとなると、自分の家が大変小さく見える。
啓吉は
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