、伸ちゃんのお守りをしてあげて、少しの間だからおとなしく待っていらっしゃい、判った? ええ」
「…………」
「今度は啓ちゃん、連れてゆけないのよ。ねえ……」
「遠いの?」
「ああ遠いの、だけどすぐに帰って来るから……この手紙大事なのよ、いい?」
 啓吉はうなずいた。貞子は流石にしょんぼりしている啓吉を見ると、何となく心痛いものを感じたが、
「じゃ、お教室へ行ってらっしゃい。母さんが、いいものを啓ちゃんに送ってあげようね」
「学校、またお休みすンの?」
「さア、叔母様に相談して、あの近くの学校へ行くようにしてもいいでしょ」
「帰れっていわない?」
「帰れっていったかい?」
「ううん、いわないけど……」
「それ御覧、大丈夫だよ、それで勘三叔父さんは、啓ちゃんと仲良しだものねえ」
 体操の組では綱引きが始まった。オーエス、オーエスと叫び声があがっている。
 貞子が帰って行くと、啓吉は白い封筒を襯衣のポケットへ入れて教室へ帰って来たが、教室ではリヤ王が劇に組まれて、饗庭芳子が、男の声でリヤ王を演じていた。饗庭芳子のリヤ王があんまりうまいので、啓吉が教室へ這入って来ても誰も振りむかなかった。
 
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