りると、菅子のアパートは線路の見える河岸に建っていた。アパートといっても、板造りの二階建で、もうかなり歴史のある構えだ。
「啓ちゃんは、一等誰が好き?」
「…………」
「よう、誰? いって御覧よ」
 菅子は赤いスリッパにはきかえて、埃のざらついた梯子段を上りながら、下から上って来る啓吉に尋ねた。
「ええ?」
「母アさん……」
「へえ……そうかねえ」
 菅子はくりくりした顎の先を部屋の鍵で軽く叩きながら、母と子の愛情は、どんなに粗暴であっても、固くつながっているものだと、少しばかり感心しながら、
「啓ちゃんのお母さんは、礼子ちゃんばかり可愛がるじゃないの?」
 と言った。
「…………」
 啓吉は、応える言葉がないのか黙っていたが、思い出したように、小さい口笛を吹き始めた。
 四人の姉妹のうち、菅子だけは学問が好きで、田舎の女学校も出ていたし、長い間、貞子の家も手伝っていて、姉の結婚生活には軽い失望も感じる程、しっかり者だった。
 貞子の家庭や、寛子の家庭の容子を見ても、自分が早々と結婚するには当らないような気持ちを持っていたし、よし、結婚したところで、満足な答えは出て来そうもない、不思議
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