「皮肉ねえ……」
「ん、そ、そうじゃないさ、つくづく亭主ってもの持ってみて、女ってものの利巧さかげんがよく判ったのよ」
「だって、義兄さんは、あれで芯はしっかりしているわ、啓坊のお父さんみたいだと困るじゃないの? あれもいけない、これもいけないっていうから、義兄さんが亡くなっちゃうと、姉さんはいっぺんに若返って、娘のやりなおしみたい甘くなっちまってさ……」
「結局、早稲《わせ》も晩稲《おくて》も駄目で、あンたみたいなのがいいってことでしょ」
「あら、厭だア、冗談でしょ。私だって情熱があれば、蓮ちゃんの轍《てつ》を踏む位何でもないけれど……職業なンか持ってると、そうそう男のひと一と目見て、一途《いちず》にやれないからなの、――でもそろそろ本当は困ってンのよ。二十四にもなって、別に処女を大事にしてるってのじゃないけど、いまさらその辺へ一寸安々捨てられもしないし……」
「もてあましている?」
「全く、本当にそうなのホホ……」
「厭なお菅ちゃんだ……。ところで、父さん、どうしたんだろう? 遅いわねえ」
 伸一郎は、早、寛子の膝を枕に眠りこけている。隣家では時計が十時を打った。
「昨日も電話があ
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