ゐた。
「仕方のないおばあさんだなア、九円ありますよ、おとさんやうに帰んなさいよ」
お婆さんはうれしさうに金を袋へ入れて、町で小豆の大きい粒のを二三合買つて帰つた。村へ帰る道では新らしく郊外電車が敷けて、大きな響きをたてゝ光つた電車が走つてゐた。お婆さんは電車道へ来ると、ぢつと蹲踞んで休んだ。線路の手前が堤になつてゐて、豚の子が遊んでゐた。お婆さんはふと孫を見たいなとおもつた。小豆の袋をおさへて息をせいせいついてゐると、自転車の鈴をりんりんならして来た男が、「息子さんは夏にはお帰りか」と訊いた。どこの誰かい喃とおもひながら、お婆さんは「暑いです喃」と返事をした。自転車の男はもう遠くに走つてゐた。
お婆さんが家へ帰つて来ると、巡査の家のレグホンが土鍋のかゆをつゝき散らしてゐた。
お婆さんはくたびれて、銭の袋と小豆の袋をそばにおいて、小さいくしやみをしながら横になつた。消えてゆくやうなくたびれかたで、お婆さんは子供のやうにすやすや鼾をかき始めた。
あたりで蝉がやかましく鳴きたてゝゐる。
底本:「林芙美子全集 第15巻」文泉堂出版
1974(昭和52)年4月20日発行
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