あけてさました。紅葉の葉ごしに白い雲が流れてゐて、昼近い晴れた朝だつた。かゆがさめるとお婆さんは、かゆを皿に分けて、子供のやうに大きい匙で食べた。
「おばあさんゐるの?」
「‥‥」
「おばあさん、甘いもの持つて来てあげたのよ」
 お婆さんは匙を持つたなりで立つて行つて狭い玄関をあけた。巡査の若いお神さんがおはぎを二つほど皿へ入れて持つて来た。お婆さんは耳をつき出して、
「いま、おひるをたべとつたところでしてな」
 と大きい声で言つた。
「あら、まだ十時頃ですよお婆さん、あなたは食べてばかりゐるんですね」
 若いお神さんは、いたづらさうに笑ひころげて帰つて行つた。お婆さんはすぐおはぎをたべた。美味しくて美味くて仕方がなかつた。縁側へ出て涼しい処に坐つて、お婆さんはおはぎを愉しんで少し食べた。土の上に冷えた、土鍋のふちに、もう蟻が四五匹這ひあがつてゐる。高い樹で蝉が啼き始めた。
 お婆さんは湿つた押入れをあけて、袋の中から書留と判こを出すと、杖をついて町の郵便局へそろそろ歩いて行つた。郵便局の事務員が「おばあさんは一円おつりがありますか」とたづねた。おばあさんはきこえないのでにこにこ笑つて
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