た。
台所から覗くと淵子ちやんがもう柿を噛りながら唄をうたつてゐる。
「淵子ちやんお父さまは……」
「お酒のんでンの」
「お母さまは」
「おちごと」
「お兄さまは」
「ガツコ」
「お姉さまは」
「お母さまのお手つだひ」
「洽子さんは」
「ガツコ」
「※[#「さんずい+豊」、第3水準1−87−20]子ちやんとポオちやんは」
「ガツコよ」
「坊やは……」
「あばあばつて云つてンの」
柿の実はおいしいかつてきくと、わたしリンゴの方が好きよと、はえそろつた下の皓い鼠つ歯で、ギシギシ柿の皮をむき始めた。
私は子供がほしいと思つた。裏口から外へ出ると、檜の垣根から淵子ちやんのくりくりした御手を引つぱつた。なあに、うゝん一寸いらつしやい。いゝお話よと云ふと、淵子ちやんはしやがむでゐる私の頬へそつと耳を持つて来た。おかしくなつてしまつて私も小さい声であのねえとくちを耳へ持つて行くと、乳臭い子供の匂ひがして、私は感じたこともない胸さはがしさで、どうき[#「どうき」に傍点]が激しく衝つた。
落葉の上にしやがむで、両手で顔をおほうてゐると、隠れん坊のことなのと、縄を持つた五才の淵子ちやんは、私を置い
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