て、湿つた軒灯に霧のやうな水しぶきがしてゐました。兄さんは土間へ降りて硝子戸を閉め、カナキンのカアテンを引きました。より江はさつきから土間の隅にある桶のところを見てゐました。
「健ちやん! 蛙がゐるよ。」
「蛙? どら、どこにゐる?」
「ほら、その桶のそばにつくばつてゐるよ。」
「あゝ、青蛙だね。何で這入つて来たのかねえ――こら! 青蛙、なにしに来た?」
 より江は怖いので、兄さんの後にくつゝいてゐました。青蛙はきよとんとした眼玉をして、ひく/\胸をふくらませてゐます。ぼん、ぼん、ぼん、店の時計が八時を打ちました。より江は時計をみあげて、お母さんはどこまで行つたのかしらと怒つてしまひました。より江は淋しいので、兄さんが大事にしてゐるハモウニカを借して貰つて、一人で出鱈目に吹いて遊びました。小学校六年生の健ちやんはとき/″\机から顔をあげて、
「よりちやん、ハモウニカに唾を溜めちや厭だよ」
 といひました。より江はハモウニカを灯に透かしてみました。沢山穴があるので、小さいより江は、すぐ汽車の事を考へ出して、ハモウニカを算盤の上へ置いて「汽車ごつこ」とひとりで遊びました。より江が板の間の方
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